コーチングとは「対話をベースにした対人支援」ですが、もう少し踏み込んだ定義となると、説明する人によって様々な表現が出てきます。
人の心の深い領域に触れることもある繊細さを持つにもかかわらず、なんかフワッとした印象。
なんでそうなってるんだろう?
そもそもコーチングはどうやって生まれたんだろう?
ということで今回は、コーチングの起源について調べてみました。
コーチングに興味を持ち始めた人はもちろん、これまで馴染みのなかった人も興味が湧いてくるきっかけになれば嬉しいです。
もくじ
対話による支援のはじまり
人を励ましたり勇気づけたりするような関わりかたは、古くはギリシャ神話の中に見ることができます。
紀元前8世紀の詩人ホメーロスによる「オデュッセイア」で、オデュッセウスの息子テレマコスは「メンター」と呼ばれる人物にサポートされていました。
この話をもとに「メンター」という言葉は、信頼できる相談相手を表すものとして使われるようになったと言われています。
なお、この頃はまだ「コーチ」という言葉はありません。
「コーチ」という言葉は、15世紀に馬車を作っていたハンガリーの町の名前(Kocs、発音は「コチ」)に由来すると言われています。
コチで作られた軽くて速い馬車は、ヨーロッパ中で人気がありました。
「coach」という英語の言葉は、「コチの町から」を意味するハンガリー語の単語「kocsi」から派生したものです。
16世紀には馬車と、それを表す「コーチ」という言葉がイギリスで使われるようになったと考えられています。
また「コーチ」という言葉が人に対して使われるようになったのはもっと後で、語源辞典(Online Etymology Dictionary)によると、1830年ごろオックスフォード大学で、生徒をテストの合格まで “連れていく人” として個別指導員のことを「コーチ」と呼ぶスラングが発生したようです。
またスポーツの領域、つまりアスリート支援の役割に「コーチ」という言葉が使われていることが初めて確認できたのは、1860年ごろになります。
コーチングのはじまり
今回、コーチングの歴史を調べていく上で、最も参照したのはこちらの本です。
Sourcebook of Coaching History
Vikki G. Brock 著
多くの文献調査に加えて、影響力のある関係者170名以上のインタビューをもとにした、コーチングの歴史をまとめた本。
2008年に発表した論文をもとに2012年に書籍化。
著者のBrock氏はコーチングの成り立ちをまとめた論文によりPh.D.(博士号)を取得しており、論拠として多くの書籍に加えて、コーチングに影響を与えた170名以上の人物へのインタビューを行なっています。
この本によると、現代みられるようなコーチングは、心理学やビジネス(マネジメントや組織開発など)、スポーツ、成人学習などの複数のルーツに、20世紀後半にみられた社会経済の急速な変化という環境要因が掛け合わさることで生まれたもの、と書かれています。
本の中ではそれぞれのルーツごとに歴史的な背景を紐解き、どの部分がコーチングの考え方につながっていったのか解説されていますが、とてもシンプルにまとめると「社会情勢の変化を背景に、心理学の理論を応用して、ビジネスやスポーツ・ライフのジャンルで実践する対人支援のことをコーチングと呼ぶようになった」と理解することができます。
このように心理学がコーチングの成り立ちに大きな影響を与えています。
では心理学が現在のコーチングにどのようにつながってくるのか。
これまでに影響を与えた人物のつながりを見てみましょう。
上の図は、Brock氏の本を参考に、日本でも馴染みのありそうな人物を整理したものです。
本編ではもっとたくさんの人物が出てきますが、一部だけピックアップしました。
これを見たとき、個人的には「嫌われる勇気」で知られるアドラー心理学から影響の流れがつながっているのがとても印象的でした。
言われてみれば、アドラー心理学の「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」のような状況の捉え方であったり、「上下ではなく横の関係」「褒めるのではなく認める」といった他者との関わり方は、まさにコーチとクライアントが共につくる空気感そのものだと思います。
では、この中で、今日のコーチングに対して最も影響力のある人物は誰なのか。
Brock氏のインタビュー回答者からダントツで名前があがったのがこの2名でした。
- ワーナー・エアハード (Werner Erhard)
- トマス・レナード (Thomas Leonard)
エアハードは、自身が心理学やコーチング理論を深めたというよりは、関連知識や影響力のある人々が集まる場を作った人。
ヒューマンポテンシャルムーブメントを背景にestという自己啓発セミナーを立ち上げ、多くの人を巻き込んでいきます。
estは当時、カルト的な勢いを持っていたようで社会から問題視されるほどであったそうです。
そのestに関わる人の中から、それぞれのやり方でコーチングを次のステップに進める人たちが現れます。
一方、レナードは、今日のコーチングの発展に最も貢献した人物として「パーソナルコーチングの父」と紹介されることもあります。
彼はもともとファイナンシャルプランナーでした。しかし自身の著書で「クライアントの金銭面の相談を受けていたが、クライアントの本当の望みは富を得るだけではなく、もっと多くのものを手に入れて人生を豊かにすることだと気づいた」と言っており、「クライアントの本当の望みに応えるためにしていたことを “コーチング” としてメニュー化し、サービスとして販売するようになった」と語っています。(トマス・レナード著 selfishより)
レナードはコーチ養成のための組織Coach Uや国際コーチ連盟(International Coach Federation:ICF, 2020年より国際コーチング連盟に改称)を設立。
その後、運営方針のすれ違いにより設立者にもかかわらず自らICFを脱退し、別の団体、IAC(International Association of Coaching)を設立しました。
コーチングの発展
2000年代以降は、研究対象として学術分野で取り扱われる動きも増えてきており、エビデンスベースのコーチングが発展する流れが見られます。
それまでのコーチングとは、コンサルティングやマネジメントなど各分野のプロフェッショナルが、各々の強みと掛け合わせて「コーチング」を提供しているものも多かったのです。
ゆえに具体的な方法論は多岐に渡り、クライアントの状態によってケースバイケース。
結局のところ「クライアントが満足すれば、細かいことはいいじゃないか。」とも言えてしまうわけですが、それはあくまで結果論であり、エビデンスベースで信頼性の高いサービスであれば、それに越したことはありません。
こうした流れの中で、直接コーチングをテーマとする調査や研究として「コーチング心理学」や「ポジティブ心理学」という分野が出てきており、イギリスやオーストラリアを中心にMAやMScのような修士号が取れる大学が出てきています。
やや古いですが、2005年の時点で、24の大学がコーチング関連のプログラムや学位を提供しているというデータもあります。(Sourcebook of Coaching Historyより)
さて、ここまでざっとコーチングの歴史を振り返ってきましたが、コーチングの定義がフワッとしがちな理由がいくつか見えてきたような気がします。
つまり、複数の心理学理論、提供者側の専門領域、活用フィールドがさまざま、という背景から、説明する人によってどこに重みを置くかが異なってくるということです。
ただ、まだまだ進化を続けていくジャンルだろうなと感じています。
理論に基づいて再現性のあるスキルとして認知が広がることで、実社会でもうまく活用できるケースが増えていき、質の高いサービスが社会実装されることで、コーチングはさらなる進化を遂げていくのでしょう。
参考文献
- “Sourcebook of Coaching History” Vikki G. Brock
- “Grounded Theory of the Roots and Emergence of Coaching.” Vikki G. Brock
- “Coaching in Islamic Culture” Christian van Nieuwerburgh
- “コーチング心理学概論” 西垣 悦代、堀 正、原口 佳典 編著
- “コーチング心理学ハンドブック” スティーブン・パーマー、アリソン・ワイブラウ 編著
- “selfish” トマス・J・レナード 著
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